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金沢地方裁判所小松支部 昭和33年(わ)2号 判決

被告人 中田勲

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は「被告人は、昭和三十三年一月七日午後九時三十分頃小松市松任町一〇四番地小間物化粧品商綿谷外茂次方店舖において陳列してあつた同人所有の純毛マフラー二本並に純毛毛糸手袋三双(時価計金千三百二十円位)を窃取した後、近くの同町三十九番地自転車商安井善作方附近路上において小松警察署勤務司法巡査中村英世(当二十七年)並に同久保史郎(当二十年)が窃盗現行犯人として逮捕せんとするや、これを免れるため右中村巡査の襟首を掴んで押しつけ組合をなし、右久保巡査が手錠を施さんとするや同巡査のみぞおち附近を一回強く足蹴にした上その手錠を引取り、更に手錠を施さんとする同巡査の脛、胸、腹附近を三、四回位強く足蹴にして暴行を加えたものである」というにある。

被告人に右事実記載の所為のあつたことは、綿谷外茂次、八田宏の司法警察員に対する各供述調書、司法巡査作成の差押調書、中村英世、久保史郎の副検事に対する各供述調書を綜合してこれを認めるに十分である。

そこで、本件につき主たる争点になつている被告人の本件犯行時における精神状態が刑法上如何なる状態にあつたかについて判断する。

医師大塚良作作成の被告人に対する精神鑑定書及び医師三浦岱栄作成の被告人に対する精神鑑定書を綜合すると、被告人の本件犯行時における精神状態は、テンカン性朦朧状態を髣髴させるような深い意識溷濁を伴う所謂高度の病的酩酊に属し、健全なる精神作用による行為の判断力及びこれに基く行動力は高度に侵され、是非の弁別を全く欠如せる状態にあつたもので、刑法上心神喪失の状態にあつたものと認めるのが相当である。蓋し、司法警察員に対する被告人の供述調書、証人津田作治同吉田助太夫同服部菊子の各供述、司法警察員に対する田中美代の供述調書を合せ考えると、被告人は、本件犯行の当日石川建設の梅田町現場におけるその日の労働をおえ、同じ土工仲間の津田作治と同町のかど屋と称するうどん屋(服部菊子経営)に立寄り、午後六時頃から七時過頃までに、素うどんを肴に右津田の買求めて来た二級清酒をコツプに六、七杯飲み、午後七時乃至八時頃右津田と共に同店を出て、途中タクシーを拾つて石川建設の橋本社長宅に立寄り、そこで約二十分程を過した上、更に同家を立ち出で前記津田と同道して吉田助太夫方に赴いたが、その頃から酩酊の度が深まり、右吉田宅においては被告人が何を喋つておるのか、右吉田にはこれが全然通ぜず、再三再四問いただした末やつと米を借りに来たことがのみこめる程であり、午後八時過頃同家を辞去するに際し、右吉田が被告人にそのもとめによる餠を紙に包んで手渡してやると、今自らもとめたことを忘れ「これはなんや」と申し向け、更に同家においてタクシー会社に架電したが、容易にその用向きを相手方に通ぜしめることが出来ず、電話口で怒鳴り散す等の異常な行動をとり、その後市内茶屋町で前記津田が被告人に別れを告げて帰ろうとするや(この地点で互いに別れて帰途につくのが道順である)執拗にこれを引き止め、遂に同人との間に喧嘩口論をした揚句、一人で市内新鍛治町、松任町を徘徊、米の振売に歩き廻つた後本件犯行をするに至つたことが認められる。そして、この事実から被告人は、酔が廻るにつれ、漸次その言動に節度を失し、多弁粗野、不作法、無遠慮になり、遂には訳のわからぬ饒舌になり、更に進んで易怒的好争的と性格の転移することがたやすく看取することができる。そして医師大塚良作の被告人に対する飲酒試験も医師三浦岱栄の被告人に対する飲酒試験も略々これと同様の経過を辿つており、このようなことは被告人として容易に作為し得るものとは考えられないから、前記両鑑定人の鑑定の結果は、被告人の作為に出でたるものとは到底考え得られない。

尤も被告人の司法警察員並に副検事に対する供述調書は右認定と相反する内容のものであるが、当裁判所はこれを信用しない。蓋し、医師大塚良作並に同三浦岱栄の被告人に対する各飲酒試験の結果に徴するに、被告人は病的酩酊に陥つた後稍暫く(両鑑定人の試験の結果には多少時間の長短はあるが約一時間前後である)この状態が持続し、その後睡眠に入ること及び病的酩酊に陥つてからの前後の自己の言動についての想起が極めて不完全であることが認められるから、被告人が当公廷において「次の日に意識がはつきりしたときは、自分が警察におりましたので、自分は何故こんな所にいるのだろうと考えていますと、刑事が来て前日の出来事を告げて呉れた」旨述べていることは容易に信用することが出来る。だとすると、前記各供述調書は、被告人が本件犯行後その追想を欠如しているに拘らず、出来るだけ客観的事実に一致せしめようとした意図のもとに応答したるに基因して作成された疑があり、たやすく信用することが出来ない。そうだとすると、右各証拠により被告人の本件犯行当時における精神状態を判断することは危険であるといわなければならない。更に又証人服部菊子は当公廷において「被告人が友人と私の店を午後七時か八時頃かに出て行きましたが、そのとき私は、どちらの人にともなく一升も飲んだにそんなに酔つていないね。強いね。と愛想を申した位ですから、そんなに酔つているようでなく、二人は普通の状態で喋つていたように思う」旨供述しているが、医師大塚良作並に同三浦岱栄の各精神鑑定書、証人津田作治、同吉田助太夫の各供述に対比するときは未だ前記認定を左右するに足らない。

以上の如く、被告人は、本件犯行当時刑法上心神喪失の状態にあつたものと認むべきであるから、結局本件公訴事実は刑法第三十九条第一項により罪とならないものというべきである。仍て、刑事訴訟法第三百三十六条前段を適用して、被告人に対し無罪の言渡をする。

(裁判官 山本利三郎)

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